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端島上陸

午前8時発、かもめ7号にて長崎へと向かう。
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前回の九州新幹線といい、今回のかもめといい、九州の特急は内装が素晴らしく豪華。
ちなみにこれ、九州新幹線つばめ自由席↓(2010年3月撮影)
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自由席にして2+2の席配置、ウッドをふんだんに使ったゴージャスなシート。
そんなつばめの兄貴分(って言い方も変だけど)、カモメの室内がコレ。ちなみにコチラも自由席。
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床は本物のウッド、フカフカのレザー張りのシート(ちょっと滑る…)に、デッキにはLED照明…。(トンネル内で撮ったので周りが暗い)
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ま、LED照明は賛否両論あるかも知れないけど、パッと見た印象はかなり「ゴージャス感」の漂う内装だ。
JR九州、恐るべし…である。

そんなワケで10時01分、定刻通りに長崎到着。
端島へ向かう船の出航は13時。
まだまだ時間があるので、駅前の1000円カットで髪切ったり、路面電車乗ったり、
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出島行ったりしながら時間を潰す。
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ちなみに、江戸時代の出島はこんな風景。
社会の教科書で見たことのある、特徴的な形の島。それが今では、
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周りの海が埋め立てられ、周囲を道路と路面電車とビルに囲まれてしまい、完全に街の中に埋もれてしまっている。
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言われるまで、ここが出島だとは気付かなかった。
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現在この場所は、建物の復元作業が続けられており、かつての「出島」の風景を取り戻そうと、街全体で取り組んでいる。
また機会があったら是非、訪れてみたい。

そんなワケで12時30分、いよいよ長崎フェリーターミナルへと向かう。
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今回の旅の目的地は、長崎港から南西の海上17.5kmに位置する無人島「端島」、別名「軍艦島」である。

長らく立ち入りが禁止されていたこの島、2008年に長崎市で「長崎市端島見学施設条例」と「端島への立ち入りの制限に関する条例」が成立したことで、島の南部に整備された見学通路に限り、2009年(平成21年)4月22日から観光客が上陸・見学できるようになった。
(条例により、見学施設以外は島内全域が立入禁止)。

上陸のためには、風や波などの安全基準を満たしていることが条件になっており、長崎市は上陸できる日数を年間100日程度と見込んでいる。
また、上陸にあたっては、「誓約書」の提出も義務付けられており、なにかと物々しい雰囲気を醸し出している。

この島の生い立ちを簡単に説明すると…。
端島、通称「軍艦島」は、1890年(明治23年)から三菱の経営によって主として八幡製鉄所に向け製鉄用原料炭を供給し、近代文化を支えてきた海底炭鉱の島。
当初この島は、草木の無い水成岩の瀬に過ぎなかったが、採掘技術の発達と共に、島の周辺を埋め立てながら護岸堤防の拡張を繰り返し、今日の島の形状になった。

炭鉱の開発と並んで従業員の為の住宅の建設が盛んに行われ、1916年(大正15年)以降、高層鉄筋アパートが島内に林立して、さながら海の要塞の観を呈し、軍艦の「土佐」に似ていることから、「軍艦島」として知られるようになった。

人口が最盛期を迎えた1960年(昭和35年)には5,267人の人口がおり、人口密度は83,600 人/km2と世界一を誇り、東京特別区の9倍以上に達した。
ちなみに人口密度83,600人/km2は、畳2畳分に10人が住むという数字。
総武線快速のラッシュに匹敵するような状況だ。

炭鉱施設・住宅のほか、小中学校・店舗(常設の店舗のほか、島外からの行商人も多く訪れていた)・病院(外科や分娩設備もあった)・寺院「泉福寺」(禅寺だがすべての宗派を扱っていた)・映画館「昭和館」・理髪店・美容院・パチンコ屋・雀荘・社交場(スナック)、更に遊郭までもがあり、島内においてほぼ完結した都市機能を有していた。

昭和30年台後半から、エネルギー改革の嵐を受け合理化が進み、1974年(昭和49年)1月15日閉山、同年4月20日に無人島となった。

そんなワケで、いよいよ出航である。
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出航して30分、不気味なシルエットが目に飛び込んでくる…。
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遂に、軍艦島がその姿を現した。
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遠くから見えるその姿はまさに「軍艦」。
戦時中、アメリカ軍が誤って魚雷を発射したのも、なんだかうなづける話だ。
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そんなワケで、遂に軍艦島が目の前に。
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立ち並ぶ廃墟のビル群…。
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その姿は、この距離から見ても「軍艦」に見える。
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いよいよ上陸…。
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遠くに見える巨大な建物は、かつて小中学校だった場所。
正式名称は「70号棟」といい、昭和33年に作られた、7階建ての校舎。
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正面から見るとこんな感じ。
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もっとも高い位置に建てられたこの建物は、「3号棟」職員住宅。
おもに幹部達が住んでいた建物らしい。
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それにしても、凄まじい廃墟っぷりである。
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目の前に見える赤レンガは組合事務所、丘の上に見える建物は給水塔。
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組合事務所の中には共同風呂があったらしいが、湯は常に真っ黒だったという。
写真左手が30号棟アパート。日本最古の鉄筋アパートらしい。
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居住区を眺める。
写真右手が30号棟、左手が31号棟、中央にちょっとだけ見えるのが25号棟。
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かつて人間の手によって建てられて、
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その後、栄枯衰勢があり、
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そしてその人間がいた空気を持ち合わせながらも、
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あとは朽ちて行くだけの、ノスタルジィ。
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しかもそれは、刻一刻と姿を変えていき、
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朽ちて行く事は誰にも止める事が出来ない。
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その刹那の美しさが、廃墟にはあるのかも知れない。
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(ん~…どっかで書いたことのある下りだ…)
そんなワケで、約60分の上陸時間はあっという間に過ぎ、再び船に戻り出航。
廃墟の島、軍艦島を後にする。
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この位置から見ると、ほんとに軍艦に見えてくる。
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これから先、この島はいったいどんな道を歩むのか…。
未来に対し、どんなメッセージを発信し続けるのか…。
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これからも、その行く末を静かに見守っていきたい…なんて言ってみたりして…。

いや~軍艦島、サイコーでした…。
社会の教科書で見た「日本の高度経済成長」を、マジマジと見てきた感じがする。
言い過ぎかも知れないが、一種のタイムマシン旅行のようだった。

さて。
そんなワケで無事長崎に舞い戻り、再びかもめにて博多へ。
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せっかくなので、博多トンコツラーメンを喰らう。
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本場のトンコツは相当エグい。
初心者は、まずその「ニオイ」にやられる。
この店も例外ではなく、久し振りに食べる本場トンコツは、かなり「うッ…」的なニオイがしていたが、食べ進めていくウチに慣れてしまうから不思議。
その後、ひかりレールスターで無事、岡山へ。
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中身の濃い2日間でした…。
by masa6-COMPASS | 2010-10-11 23:12 | 雑記 | Comments(0)